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そして病院は公園になった 〜神戸アイセンター ビジョンパークはなぜ生まれたのか〜

これからの公園 2018.04.19
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神戸アイセンター ビジョンパーク(撮影:越智貴雄氏)

最先端の眼科医療の研究と治療、そしてリハビリ・社会復帰支援が行われる神戸アイセンターのエントランスを入ると、そこには椅子の並んだ待合スペースではなく“公園”があります。その名も「ビジョンパーク」。視覚障害に対する意識を変え、誰もが暮らしやすい社会にするための情報発信・集いの場として、現役の眼科医らが中心となって企画・設計・運営が進められました。

この施設のコンセプターである眼科専門医、認定産業医の三宅琢氏が目指したのは「ここに来ることで失われた日常を取り戻して元気になる場所」。神戸アイセンターの中核施設・神戸アイセンター病院を利用するすべての人が、必ずこのスペースを通ります。

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ビジョンパーク コンセプターの三宅琢氏(撮影:越智貴雄氏)

開設から約3ヶ月が経った3月31日、設計に関わったクリエーターによるトークイベントが開かれ、それぞれがビジョンパークに込めた想いを語りました。

病院をもっと身近に

ビジョンパークを運営委託される公益社団法人ネクストビジョンの理事であり、神戸アイセンター設立を主導した 理化学研究所のiPS網膜再生医療のプロジェクトリーダーでもある高橋政代先生は、患者以外の人々にこそ、視覚障害に関する情報発信が必要だと感じていたといいます。

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公益社団法人ネクストビジョン理事 高橋政代先生(撮影:越智貴雄氏)

視覚障害は、重度になるまで放って置かれやすいという現状があります。正しい治療が提供されれば進行を遅らせることも可能ですが、視力低下に伴う社会的不安が他の障害に比べて大きいことが、早期の治療や就労の壁になっています。
視覚障害を取り巻く環境を変えるために、病院ができる役割は何か? 病院はもっと身近でなければならないと考えました。病院の設立にあたり、誰もが訪れることができる場所を作ることで、その想いを実現しようとしたら、自分たちがつくろうとしているのは公園だと気が付きました。(高橋先生)

目指したのは、パリの公園のような空間

建築家の山﨑健太郎さんがビジョンパークで目指した空間は、一枚の公園の絵でした。それは、ジョルジュ・スーラの名作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」。 さまざまな人が思い思いに過ごす公園の絵には、お互いに干渉することはないけれど、他人の存在が心地よく感じられるような程よい距離感、安心感が表現されていると感じたそうです。

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建築家の山﨑健太郎さん(撮影:越智貴雄氏)

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グランド・ジャット島の日曜日の午後

スペシャルニーズから学ぶこと

この場所では空間と身体との接点が重要だと考えた山﨑さんは、家具デザイナーの藤森泰司さんに声をかけました。空間と家具のデザインでは、ロービジョン(視機能が弱く、矯正もできない状態)の当事者たちにワークショップに参加してもらい、その身体感覚を空間の検討やディティールの設計に取り入れたそうです。目を細めてもぼんやりわかる空間構成、手を伸ばすと触れる家具のサイズ感や位置、目を閉じてもぎりぎりのぼれる寸法の段差、音の違いで変化がわかる床仕上げなど。

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ロービジョンの身体感覚を取り入れた空間設計(撮影:越智貴雄氏)

医療・福祉施設の設計では、段差をなくす、手すりをつけるなどのバリアフリーの考え方が一般的ですが、ビジョンパークでは「ロービジョンの人の方が楽しめる場所」を目指し、スペシャルニーズに向き合うことで、誰もが居心地の良い空間が生まれました

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家具デザイナーの藤森泰司さん(撮影:越智貴雄氏)

また、聴覚情報も重要な要素としてデザインされています。担当したサウンドスタイリストの浦上咲恵さんは、ビジョンパークでは、常に鳴っていても違和感がなく、存在感がある音が必要だと考えたそうです。感情に介入しすぎる音楽ではなく、想像力を膨らませるような音が、安心感につながります。そこで、自然現象の音を採取し、特殊な技術で音楽化した”水の世界”の音によって、ビジョンパークの中に日常的な落ち着きをつくりだしました。

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サウンドスタイリストの浦上咲恵さん(撮影:越智貴雄氏)

読んでみたい、やってみたい、日常を取り戻す場づくり

ビジョンパークには、ブックディレクターの幅允孝さんが、視覚障害を持つ方々と話をしながらセレクトした本が並んでいます。擬音語の表現が楽しい絵本や、カレーの匂いがする本、見えなくても思わず見たい!と思うような刺激的な写真集などジャンルは多彩。点字の本にこだわらず、健常者が「これ見てみて!」と視覚障害者の方に自然と伝えたくなる本、一緒に共有したくなる本を選んだそうです。

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ブックディレクターの幅允孝さん(撮影:越智貴雄氏)

本を読まない過ごし方も自由に選べます。おしゃべりもいいし、お弁当を持って来てもいい。クライミングウォールで体も動かせるし、キッチンもあります。家具は、その日の気分で自然と居場所が選べるようにデザインされ、高低差のある空間構成によって他者と視線が交わらないことで、不必要に気を使うことがなく、居心地の良さにつながっています。

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居場所や過ごし方を選べる空間デザイン(撮影:越智貴雄氏)

そんな自由な空間だからか、待合時間に丸いソファの上で落語を始めてしまった患者さんもいるのだそうです。しかしそれも狙い通り。ちょっとした設えがきっかけとなって人の才能や意欲を引き出し、自然と小さなイベントを生み出す。段差があったからこそ、舞台と観客席という構図が生まれたのです。

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丸いソファが落語の舞台に(撮影:越智貴雄)

使う人に伝わるつくり手の想い

オープン前に心配されていた本の紛失は、12月のオープン以来一冊も無いそうです。毎日スタッフの力で綺麗に保たれていることも、その理由かもしれません。「本はまっすぐ並べる、背表紙はバラバラにならないように正面をきっちり揃えて…。差し出し方で気持ちが伝わるから、端々まで心をこめてほしい」と、幅さん直伝の教えがあるそうです。つくり手の想いは、毎日の掃除など施設の運営の中にも生き、訪れる人の居心地の良さを支えています。

人の「居方」をつくる

フリーディスカッションに飛び入り参加されたのが、建築計画学の鈴木毅先生。鈴木先生は、その空間に“どのように居るか”を表した「居方(いかた)」という概念を提唱されています。この施設の設計に際して、山﨑さんは鈴木先生の「居方」の考え方を参考にしたそうです。

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鈴木毅先生も飛び入り参加されてのフリーディスカッション(撮影:越智貴雄氏)

鈴木先生:この空間には、自然に人が集まる雰囲気があります。ここにいる人が積極的に関わっていける空間になっていると思います。それはつまり、他人と一緒に居られる空間だということです。思い思いに居られる空間というのは、他人に思いを巡らせることができる空間。そこで大切なのは、ただの「賑わい」ではなく、どう居るか=「居方」なのです。

幅さん:たとえば居酒屋では、居合わせた人たちが直接関わり合うわけではありませんが、お互いに“居心地”をつくっていますね。

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思い思いに“居られる”工夫(撮影:越智貴雄氏)

ビジョンパークの空間、家具、音、本などは、視覚障害者を含むすべての人が思い思いの「居方」を選ぶことができるように設えられたもの。そして、そこで過ごす人々がまた、だれかの居心地の良さを生み出していくという好循環をつくっています。「公園」のあり方が問われている今、ビジョンパークにはその本質が込められているように思います。

医療 × 公園とは

医療とは、「人々が健やかに生きることを支える環境作り」であろうと考えます。その点で、ビジョンパークは日常を取り戻し、楽しむこと・そこに“居られる”ことを通じて、「治す」のではなく自ら「治 る」力 を与えてくれる空間であると感じました。これからの医療機関は、公園のような誰もが居られる場という形で、“治る空間”になっていくのかもしれません。
ビジョンパークは医療機関の中にありますが、一般の見学者や用事がない方も行ける楽しい空間となっています。ぜひあなたの「居方」を探しに、訪れてみてはいかがでしょうか。

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撮影:越智貴雄氏

謝辞

本記事作成にあたり、三宅琢先生、フォトグラファー越智貴雄氏にご協力頂きました。誠にありがとうございました。

Written by 耕 奈穂子(PARKFUL特派員)
株式会社コトブキ 関西都市環境開発室 所属。ニューヨークやポートランド等の海外視察にも参加し、国内外のさまざまなパブリックスペースに関する情報収集に力を入れています。関西エリアで面白いパブリックスペースの計画の際はぜひご用命を!

盛岡城跡公園/岩手公園(岩手県盛岡市)

【終了】第2回 公園の取り組みに関するアンケート〈自治体様向け〉