連載でお送りしている「公園における市民協働の実践」、元西東京市職員の高井譲さんへのインタビューは今回が最後となります。連載第5回は、高井さんが市民協働の取り組みの中で、考えてきたこと大切にしてきたことや今後への展望について伺いました。
民間の手法や発想を取り入れる
― 市民協働の取り組みを実践するにあたり、参考にしたことなどはあるのでしょうか?
高井さん:さまざまな自治体の事例を見に行きましたし、他の自治体から学ぶことも多いのですが、じつは一番勉強したのは民間の取り組みです。発想やマーケティング手法など、非常に参考になります。たとえば、iPhoneのプラットフォームとアプリの関係を、公園に適用するとどうなるか?と考えてみると、市民にいろんな公園の使い方、つまり様々なソフト開発(イベントの実施など)をしてもらうことで公園が活性化するのでは、と発想することができます。多少発想の転換や工夫が必要ですが、最先端の民間のノウハウや手法を行政側に上手く応用できると、画期的な政策や事務事業につなげられると実感しています。
また、私が実践してきたことは「デザイン思考」的なアプローチだったということにも気が付きました。これからの市民協働には不可欠だと思いますね。
「デザイン思考」とは、イノベーションのための1つの方法論です。過去のデータや経験のみに頼らず、ユーザーの声を聞くことで、人間中心に問題発見・問題解決に取り組む方法論です。(引用:アイリーニデザイン思考センター)
― これまでの記事の中でも、市民協働は行政におけるマーケティングだというお話がありましたね。
高井さん:そうですね。マーケティング的な観点から、「ユーザー視点で市民のニーズを理解する」まずはそこを大切にしてきました。さらに言えば、消費者自身が気づいていないサービスを提供することから、新しいビジネスというのは生まれます。もちろん行政というのはビジネスではありませんが、市民の方に新しい価値を提供することが市民協働ではできる、と私は考えています。それが「自己実現」や「感動」なんです。(参照:連載第3回)
市民協働を通じて、市民のみなさんに感動してもらえるような場を作る、もしそんなことを公園行政で全体で推進していければ、公園がこれまでとはまったく違う大きな価値を持つことになるんじゃないかなと思います。
信念を持って、実践と経験から学ぶ
― 色々なことにチャレンジされている高井さんですが、失敗したことや苦労したことがあればぜひ教えてください。
高井さん:一番苦しかった時期は、みどり公園課長として赴任した最初の2年半くらいですかね。新しい試みには極めて慎重な環境で、公園の指定管理者制度の導入も当初は猛反対に遭いましたし、市民との懇談会では、わざわざ全ての参加者に意見や要望を聞くなんて、と理解されませんでした。なかなか私のやり方が認めてもらえず苦しい時期でしたが、それも体制の変わってからはスピードアップし、改革を進めることができるようになりました。
実際、最初の頃はうまくいかないことも多かったです。とくに市民からの苦情への対応は難しかったですね。対応を間違えれば上司へ文句が言ってしまったり、市民に呼ばれて話を聞きにったらそれこそ苦情の嵐に晒されたり。議会での質問に対しても、答弁に熱が入りすぎて、質問した議員を唖然とさせてしまったり、議会事務局から注意されイエローカードが出されたりしたこともありました…。そんなとき、落ち込んでいる私に対して「しょうがねえな~。でも高井らしいな」と笑顔で励ましてくれる同僚がいたことは救いでしたね。
でも、こういうことがあったからこそ、市民からの苦情・要望については、データベース化して進行管理したり、市民に呼ばれてから行くのではなくこちらから市民懇談会を開催してもらい、苦情・要望を伺うだけではなく、市民の皆さんに少しでも自らできること考えてもらったりという、今のスタイルをつくることができました(参照:連載第1回)。また、議会対応についても、実績や目に見える成果をきちんと提示するなど色々考え実践していきました。かえって苦労や失敗などが市民主体の公園づくりのベースになったかもしれません。
今でも小さな失敗はよくありますよ。夜の自宅への帰り道は、ぶつぶつ独り言をいいながら自問、反省しています。でも失敗を参考にして、明日から改善していこう!と思っています。
それでも、新しい取り組みや事業については、リスクヘッジと成果には執着します。役所内の手続きをちょっと省略して半ば強引に新しい試みをやったりもしたので、かえって失敗を回避する方法や、ダメになった場合の対策、リスクヘッジは、きちんと検討してから取り組むようにしていました。そして目に見える成果にはこだわりました。そのことが市民の皆さんの信頼につながったんだと思います。役所内でも、きちんと成果をあげないと、次から新しいことはやらせてもらえない雰囲気でしたしね。
― 市民の方と接する機会が多かったかと思いますが、その中で印象に残っている市民の声や行動はありますか?
高井さん:「ここは、自分たちのやりたいことが自由にできる!」という言葉は印象的でしたね。もちろん社会常識を踏まえた上ですよ。あと打ち合わせの最中に「(私も含め)だれもブレーキ役がいないじゃないか?」などですね。また、私に対して積極的にコミュニケーションしてくれる市民の方々からは「チャレンジャーですね」「あなたみたいな方がよく役所で課長になれましたね」とも言われました(笑)。ワークショップでご一緒したstudio-Lの山崎亮さんにも「他に例が無い、かなり珍しい公務員」など色々言われましたね。上司には「暴走公務員」と言われたりも…。
でも一番印象に残っているのは、市民の皆さんの変化というか成長というか、私自身も一緒に成長させていただいたこと、ですね。市民の皆さんが、公園を巡ってアクティブにクリエイティブに、そして主体的にどんどんアクションを起こしている。それは本当に嬉しいことです。
公務員を卒業する直前のことですが、公園にある植物を中心とした花壇を作って、公園の維持管理に協力したいとの申し出があったので、現場を一緒に見た上で、簡単な企画書をお願いしました。すると、A4で3ページくらいの役人顔負けのきっちりした企画書が出てきてビックリしました。70歳過ぎの女性なのですが、自分で書いてくれたんです。思わず「以前はどんな職業でしたか?」と聞いてしまいましたね。
また、市民同士が出会うことで、私も本人たちも想像していなかったアイデアや企画が生まれることがあるんですね。やっぱり、人なんです。その「化学反応」が市民協働の一番の肝だと思いますし、面白いところだと思います。
これからの公園と市民協働のため
― さて、公務員という立場を卒業された高井さんですが、今後はどのような活動していくのでしょうか?
高井さん:様々な自治体や民間企業からご相談をいただく機会が増えていますが、その内容は官民連携、公園の活用と活性化、市民協働など多岐に渡っています。私自身は公務員として行政側のことは熟知していますが、民間連携・収益事業についてもかなり研究をしてきましたし、デザイン思考やマーケティングを意識した市民協働、官民連携、稼ぐ公園づくりなど「現場の実践」を通じていろいろなことを学んできたことが私の強みです。ぜひそうした私の経験を一般化・ノウハウ化してお役に立ちたいと考え、今回の連載でもさまざまな実践をご紹介してきました。
さらに今後は、“民間企業と行政の橋渡し”のようなことも行っていきたいと考えています。それぞれ文化や考え方が違うので、なかなか連携の難しい面があったり、行き違いや誤解があったりと、民間企業の能力が十分発揮できないことがよくあります。そこで私が民間企業と行政の間の調整役として、お役に立てるのではないかと思っています。
5月からは、新たな時代の緑とオープンスペースにおけるビジネスモデルを構築することをミッションとした「ランドスケープ経営研究会」の幹事にもなりました。これからは民間企業を単なる行政の下請けとして考えるのではなく、パートナーとしてその実力を存分に発揮してもらえる行政と民間の関係づくりが重要になってくると思います。民間企業の皆さんも儲け第一主義ではなく、パブリックマインドがとても大切になってくると思います。
公園における市民協働の実践 01〜12
苦情や要望は出会いの場
実践01:住民との相互理解を深める「市民懇談会」
実践02:市民は問題解決のパートナー
実践03:情報公開が、合意形成につながる
市民とつくる公園
実践04:市民と議論を積み上げる
実践05:迷ったら市民の中へ
市民が主役の公園活用
実践06:小規模公園活用プロジェクト
実践07:市民による市民のためのサービス
実践08:市民活動を支える行政の仕組み
官民連携で“もっと”市民協働
実践09:指定管理者を「エリア」で導入
実践10:市民協働による市民協働のための公募・選定
実践11:民間の強みを活かした市民サービスの充実
実践12:主役の市民を、指定管理者が支える
ふらりと行った公園で生まれる偶然の出来事や出会いを楽しむのが好きです。