佐野市は、栃木県の南西部に位置する地方都市。人口約12万人で、県内第5位の人口規模です。近年は佐野ラーメンやアウトレットモールで、その名を聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。2007年、日本クリケット協会本部の事務局機能が佐野市に移転されたことをきっかけに、佐野市はクリケットに注目。以来、佐野市では地域住民、行政、地元企業一体となってクリケットによるまちづくりを進めています。
超高齢社会である日本において、将来の労働人口不足は大きな課題。多くの外国人が日本国内で働く環境も当たり前となることでしょう。一方で日本国内においては、地域コミュニティの衰退が叫ばれています。このような多くの地方自治体が抱える課題に対して、佐野市では「クリケット」を核とし、地域と競技関係者が協働して課題解決を目指しているのです。
そして2018年9月、新たな拠点となる国際クリケット場のオープンとともに、佐野市×クリケットの取り組みは新たな一歩を踏み出しました。今回、日本クリケット協会の公式スポンサーでもある(株)コトブキからのレポートで、この取り組みについてお伝えします。
佐野市×クリケットでまちを「元気にする」
「元気にする」それは、つまり、交流人口のさらなる拡大、地域経済の活性化を意味します。佐野市が元気になれば、栃木県が元気になる。関東が、東日本が、日本が、アジアが・・・世界が元気になる! つまり佐野市が元気になれば世界が元気になる、そんな壮大なビジョンの第一歩目が「佐野クリケットチャレンジ!!!」です。
佐野市では、クリケットを核として“稼げるまちづくり”を目指す「クリケットタウン佐野」創造プロジェクトをスタート。平成29年度、誘客策や地域と連携したサービス業などのビジネスプランを担う同マネジャーとして、元独立行政法人都市再生機構(UR)の秋山仁雄氏を公募により採用しました。同年、本プロジェクトは国の地方創生推進交付金事業にも採択されており、クリケットをきっかけに「稼ぐ力」を高め、将来的に行政の財政支援なしに事業が継続できる仕組みづくりを目指している本気の取組です。
秋山氏によれば、これはスポーツ振興ではなく、地方創生のプロジェクトだと言います。主な事業として3つの計画をあげました。
秋山氏:一つ目は国際クリケット競技場の事業化です。国際試合やクリケットアカデミー、クラブハウス開発を予定しています。二つ目は新しい機会の創出です。具体的には、クリケットと何かを掛け合わせ、新たな価値を創出していきたいと考えています。国際教育とクリケット、食文化とクリケット、ビジネスとクリケット等、可能性は無限大です。三つ目はクリケットのプロモーション活動。重要なのは、地元とのコミュニケーションです。クリケットの体験ができる環境作りや、古民家の活用、コミュニケーションキャラクター創出等で佐野市を盛り上げていきます。その中でも、やはり国際クリケット場の活用は多くの方が注目しています。
クリケットを通じて、人々がつながる
さて、そもそもみなさんはクリケットという競技をご存知でしょうか? イギリス発祥の球技で、野球に似たイメージを持つ方も多いかもしれません。試合は広大な芝生のグラウンドで行われ、紳士的な言動が重んじられるため、穏やかで優雅な雰囲気が漂います。現在は3時間ほどで試合が終わる形式が主流ですが、伝統的にはランチやティータイムを挟んで4、5日かけて行われる形式もあります。観戦の仕方ものんびりしていて、ビール片手にウトウトしている人も… 一つ一つのプレーを集中してみるよりも、紅茶とともにゆったりと「社交」を楽しむのがクリケットの醍醐味なのです。そしてそんなクリケットが核となるからこそ、人と人との交流にもつなげていきたい佐野市。
佐野市では、クリケットを「佐野ブランド」として認証し、「佐野市スポーツ立市推進基本計画」でも地域の特徴的なスポーツとしてクリケットを位置づけています。市内の学校ではクリケットが体育の授業や部活動に導入され、地域クラブの設立や市内大会も開催。子供からから大人まで参加できるイベントや大会があり、市内の愛好者が増えるだけでなく、市外や県外そして海外からも多くの愛好者がプレーを楽しみに佐野市を訪れています。また地元の有志や企業、佐野商工会議所などによる「クリケットのまち佐野」サポータークラブも設立され、活動を支えています。
クリケット場を公園に!
さらに目指しているのは、この国際クリケット場を市民交流の場としていくこと。廃校を改修した、日本唯一の天然芝ピッチを備える本格的なクリケットグラウンド場を、試合が行われない時も市民に開放していきたいと考えています。公園のように利用してもらうことで、地域の賑わいにつなげるとともに、クリケットをより身近に感じてもらうのが狙いです。
このような背景の中、2018月9月22日、23日には新しくオープンした佐野市国際クリケット場で「サマーピクニック&クリケット in 佐野」が開催されました。本イベントでは国際クリケット場のお披露目として7カ国の大使館チームと日本代表が戦うエンバシーカップの開催と同時に、市民がクリケット場で自由に過ごし、楽しめる様々な催しが企画され、2日間を通じて約2,700人が来場。そこでは、クリケット場をパブリックスペースに、クリケットを通じて人々が交流する、まさにそんな風景が見られました。
今回、近年人気の野外映画館「ねぶくろシネマ」が国際クリケット場の天然芝の上で実現しました。自分たちで持ってきた椅子や敷物で座席を作り、会場では声を出してもいい、立ち上がってもいいというのがルール。子どもたちの感情から出る素直な言葉や笑い声が作りだすアットホームな雰囲気も「ねぶくろシネマ」の魅力であると、ねぶくろシネマ実行委員長である唐品さんは語っています。
「芝生」がつくる豊かなパブリック空間
イベントの風景を見てみると、美しい芝生がパブリックスペースとして魅力的な空間を作っていることに気が付きます。クリケットは全面天然芝の環境で試合が行われる競技。日本クリケット協会に所属する上原氏は、クリケットが盛んなオーストラリアで芝生を管理する公園管理の会社に修行に行った経歴を活かしグランドキーパーとしてクリケットを支えている一人です。
上原氏:このクリケット場では甲子園球場と同じ芝を使っています。芝生敷設メーカーである住友林業緑化さんとともに、球が転がりやすい、芝が復活しやすい、管理軽減のために上に伸びずに横に広がる品種改良をしたりと、様々な工夫がなされているんです。そして全体の管理戦略をグランドキーパーという職種が主体性を持って管理しています。
子どもたちが裸足でも安心して過ごせる環境が、高度なグランドキーパーの技術によって実現されているのもクリケット場ならでは。今後こうした職種がパブリックスペースでの芝生空間づくりにも重要な役割となってくるのかもしれません。
佐野市とクリケットのこれからに向けて
佐野市とクリケットに対する支援について、佐野商工会議所の会頭である矢島氏にお話を伺いました。
矢島氏:サポータークラブ創設を働きかけていた商工会議所若手メンバーの熱意に押され、佐野を日本クリケットの聖地にしようと、そしてクリケットを市民に知っていただく活動や活動資金の支援を目的としてサポータークラブは作られました。
まだプレーヤーもあまりいない中でしたが、国際的な多様性・発展性に注目して、“新たな街づくり”として取り組みました。特に、アジア太平洋地区のクリケット競技が盛んな国にはイスラム教徒が多いため、街に来てくださる観光客や定住者を支援するためにモスクや観光マップ、飲食店などのハラール対応などにも力を入れてきました。
実際、プレーヤーが少ない中で、クリケット専用グラウンドの整備もハードルが高かったのですが、こうした「地方都市の国際性強化」による差別化・地域振興という大きなビジョンと、地方創生予算のタイミングによって、このような挑戦ができたことは、とてもありがたいことです。だからこそ、継続性という意味でも市民への還元も大事にしたい。
従って、今回のような野外映画やスポーツ体験も重要ですし、国際的な催しなどから始まるビジネス機会を、商工会議所としてはしっかりとモノにしていくことが大事だと考えています。引き続き、佐野市をあげて取り組んでいきたいと思います。
国際視点からも佐野市の取り組みは評価されています。国際クリケット評議会のグローバル・ディベロップメントの責任者ウィリアム・グレンライト氏は次のように述べていました。
グレンライト氏:佐野市のように地域住民、行政、企業、そして競技関係者がクリケットで街を元気にしていくのは世界でも例をみないケースです。佐野市の取り組みを世界クリケット10億のファンに発信できたのも、スポーツだけでなくクリケットをまちづくりの素材として取り組んだ成果です。
この日の国際クリケット場には多くの家族連れがいました。多くの外国人、多くのクリケット関係者、そして多くの地域住民がいました。このイベントで初めてクリケットを知った方も多かったかもしれません。しかし、間違いなく佐野市国際クリケット場は元気であふれていました。
今回はイベントという一過性の形ではありましたが、クリケットと地域とが交流する風景とともに、「佐野市を元気に」の可能性を感じられる一日となりました。今後も佐野市のクリケットを通してのまちづくりへの取り組みに注目していきたいと思います。
株式会社コトブキ CRM推進室 所属。高齢者体力つくり指導士の資格を持ち、パブリックスペースを通じた健康まちづくりを推進する傍ら、プライベートではスポールブール日本代表エースとして活躍。健康やスポーツを通じて日本を元気にしていきます。